第11回 湿原での環境調査

湿原しつげんで行う 環境調査かんきょうちょうさのなかで、もっとも基本となるのは 水位すいい(とくに地面の下にある水の高さ= 地下水位ちかすいい)を調べることです。 なぜなら、湿原しつげんにとって最も重要な環境条件は「地面の近くに常に水があること」だからです。 水がどれくらい豊富に存在そんざいしているか(≒水位すいい)を知ることで、 湿原しつげんの基本的な 健全性けんぜんせいを評価することができます。 また、湿原しつげん生育せいいくする多くの植物は、わずかな水位すいいの違いに応じて 棲み分けすみわけをしています。 そのため、水位すいいデータと植物の 分布ぶんぷデータを対応させることで、 湿原植物しつげんしょくぶつがどのような環境条件を好むのかを理解することができます。

1)水位観測地点

水位すいい調査では、湿原しつげんふちから中心部へと横断おうだんするライン上に複数の観測点かんそくてんを設ける方法や、湿原しつげん内の代表的な植物群落しょくぶつぐんらくごとに観測点かんそくてんを設ける方法がよく用いられます。前者ぜんしゃは、湿原しつげん全体の水位すいい環境かんきょう把握はあくするのに適しており、後者こうしゃは、植物群落しょくぶつぐんらく分布ぶんぷ水位すいいとの関係かんけいを詳しく調べるのに適しています。

2)簡易な水位調査

水位すいい測定そくていには、側面そくめん直径ちょっけい約5mmの穴を多数開けた塩ビパイプ(内径ないけい3〜5cm、長さ約1m)を用います。このパイプを地表面ちひょうめんから垂直すいちょくに打ち込み、内部ないぶにしみ出してきた水面すいめん地表面ちひょうめんとの距離きょりをメジャーなどで測定そくていします。
ただし、水位すいいかんばつや大雨などの気象条件きしょうじょうけんによって大きく変動へんどうします。1回の測定結果そくていけっかは、その時点の状況を示しているにすぎません。そのため、通常は毎月あるいは毎週など、複数回の調査によって水位環境を評価します。

穴を開けた塩ビパイプ(パイプ先端を潰して地面に打ち込みやすくしています)
地表面に打ち込まれた塩ビパイプ(水位観測管)
3)詳細な水位調査

人による測定で毎月あるいは毎週など複数回調査するのは労力がかかります。そのため、調査によっては、水位を自動で測定・記録する装置を用い、数分〜数時間間隔で長期間連続観測を行うこともあります。多くの場合、水圧を感知するセンサー(間隙水圧センサー)とデータを記録するデータロガーを組み合わせた自記水位計が利用されています。連続データからは、水位変動の大きさや、降雨などの気象イベントへの応答など、より詳細な情報を得ることができます。

現地に設置した自記水位計。
塩ビパイプの中にセンサー、箱の中にデータロガーが入っている。
4)水位の基準

水位のデータは、観測点の地表面を基準にした深さ(あるいは高さ)として表すことが一般的です。これは植物との関係を解析する場合に適しています。一方、湿原内の水の流れなどを物理的に解析する場合には、海水面等を基準とした標高で表すこともあります。湿原の地表面の標高は、時期によって変化する場合があります。そのため、水位を標高で表したいときには、観測用の管(井戸)の標高が変わらないように管を固定するか、後に変化分を補正する必要があります。固定する場合には、管が完全に動かなくなるように湿原の泥炭の層の下の粘土の層まで深く打ち込む方法が用いられます。

連続測定された水位データ
データは、地表面を0cmとした場合の水面の位置を表しています。夏の乾燥期に水位が低下し、降雨のタイミングで水位が急上昇していることがわかります。
5)水質調査

水位と並んで重要なのが水質調査です。多くの場合、水位観測と同じ地点であわせて測定します。主な目的は、湿原植物の分布や生育との関係を明らかにすることです。さらに、水や栄養塩類の供給様式(例:雨水による涵養、地下水による涵養、海塩の影響など)を把握したり、周辺地域からの汚染の有無を確認したりするうえでも、水質データは重要です。

水質調査では、地表の水たまりではなく、地下5〜10cmほどの根圏域(植物の根が広がる範囲)に含まれる土壌水を採取することが一般的です。これにより、植物が実際に利用している水の性質を調べることができます。一方、水や溶存物質の供給・循環を調べる場合には、地下50cm以深など、植物の直接的な影響が少ない深さから採取することもあります。採取には、多孔質のポーラスカップを先端に取り付けた土壌溶液採取管などを用います。土壌に設置した後、手動ポンプなどで内部を減圧し、土壌中の水を吸引します。採取した水は、水質変化をできるだけ防ぐため、現地でポータブル測定器により測定するか、冷却して速やかに持ち帰って分析します。すぐに分析できない場合は、冷凍保存することもあります。

土壌溶液採取管。先端の白い部分がポーラスカップ。
手動減圧ポンプを取り付けた土壌溶液採取器(先端の白い部分がポーラスカップ)

測定項目は目的によって異なりますが、pHとEC(電気伝導度:水に溶けているイオン量の指標)は総合的な水質指標になるので、ほとんどの場合で測定されます。これらは比較的安価なポータブル機器でも測定可能です。より詳細な分析を行う場合には、各種イオン濃度や、溶存する炭素・窒素成分なども測定します。

ポータブル測定器を用いたpH・EC測定の様子
土壌水のサンプリングとpH、ECの測定の様子

湿原での環境調査の規模は様々ですが、たとえば、北海道の釧路湿原・広里地区で実施された自然再生事業では、大規模な環境調査が行われました。調査地区全体を網羅するように6本の観測ラインが設けられ、合計150地点に観測ポイントが設置されました。すべての地点で、水位調査、水質調査、地盤高の測量、土壌調査(土質や透水性の指標など)が実施されました。

6)調査時に気を付けたいこと

湿原での調査は想像以上に過酷です。ぬかるみが多く足場の悪い場所を歩き続けながら調査を行います。一度湿原内に入ると簡単には外へ出られないため、事前に食料や十分な飲料水を準備しておく必要があります。特に夏季は、気温が高いうえに湿度も高く、作業中に大量の汗をかきます。そのため、飲料水は少なくとも2L以上/日を目安に準備します。野外調査は長袖・長ズボンが基本装備ですが、湿原ではぬかるみに対応するためウエーダーを着用することも多くなります。さらに、日差しを遮る高木がほとんどないため、直射日光を受け続ける環境となり、熱中症のリスクが非常に高まります。夏季の調査では、現地測定項目を必要最小限に絞るなど、無理のない調査計画を立てることが重要です。また、こまめな水分供給と休憩を心がけ、体調の変化に常に注意しながら調査を行うことも大切です。

夏季の湿原調査の様子
湿原の中での移動の様子