第10回 湿原再生の取り組み 自然(しぜん)再生(さいせい)事業には「保全(ほぜん)」から「創出(そうしゅつ)」までいくつかのステージがありますが、現地(げんち)の状況(じょうきょう)にあわせてそれらを効果的(こうかてき)に使い分け・組み合わせて実施(じっし)されます。事業はできるだけ自然(しぜん)の回復力(かいふくりょく)に委(ゆだ)ねるかたちで実施(じっし)され、科学的(かがくてき)なデータに基(もと)づいて様々な評価(ひょうか)や判断(はんだん)がなされます。 湿原(しつげん)生態系(せいたいけい)は様々な生態系(せいたいけい)のなかでも特(とく)に消失(しょうしつ)率(りつ)が高く劣化(れっか)も激(はげ)しいことから、国が主導(しゅどう)する国内初(こくないはつ)の自然(しぜん)再生(さいせい)事業の対象(たいしょう)となりました。湿原(しつげん)の象徴(しょうちょう)でもある釧路(くしろ)湿原(しつげん)が事業地に選定(せんてい)され、その辺縁(へんえん)部にあたる広里地区で先導的(せんどうてき)に再生(さいせい)事業が始まりました。まずは劣化(れっか)状況(じょうきょう)に関(かん)する調査(ちょうさ)が行われ、過去(かこ)の河川(かせん)流路切(き)り替(か)え工事に起因(きいん)する深刻(しんこく)な乾燥(かんそう)化が現地(げんち)で生じていることが明らかとなりました。その対策(たいさく)として、湿原(しつげん)への河川水(かせんすい)供給(きょうきゅう)や湿原(しつげん)からの排水(はいすい)阻止(そし)を目的(もくてき)とした事業提案(ていあん)がなされました。しかし、それらの事業を通じた人間活動(漁業(ぎょぎょう)や農業)への悪影響(えいきょう)が懸念(けねん)されるなど、広里地区では様々な困難(こんなん)が立ちはだかり再生(さいせい)事業が進むことなく終焉(しゅうえん)となりました。 比較的(ひかくてき)小規模(しょうきぼ)の自然(しぜん)再生(さいせい)事業ですが、北海道能取湖(のとろこ)畔(ほとり)の塩(えん)湿地(しっち)で行われたアッケシソウ群生(ぐんせい)地の再生(さいせい)は成功(せいこう)事例(じれい)の一つとして知られています。秋に赤く紅葉(こうよう)し赤い絨毯(じゅうたん)のような景観(けいかん)で知られる能取湖(のとろこ)のアッケシソウ群生(ぐんせい)地は、不適切(ふてきせつ)な管理(かんり)(盛(も)り土(つち)等(など))が原因(げんいん)で一度全滅(ぜんめつ)してしまいました。観光地(かんこうち)でもあった群生(ぐんせい)地の再生(さいせい)を強く求(もと)める地元の声に応(こた)えるかたちで事業が始まり、状況(じょうきょう)把握(はあく)調査(ちょうさ)・原因(げんいん)解析(かいせき)・対策(たいさく)工事が行われました。全滅(ぜんめつ)の原因(げんいん)は、盛(も)り土(つち)に使用された浚渫(しゅんせつ)土が乾燥(かんそう)し極度(きょくど)の酸性土壌(さんせいどじょう)が生じたことにありました。土壌(どじょう)の乾燥(かんそう)を回避(かいひ)し中和するために湖水の引(ひ)き込(こ)みや地盤(じばん)の掘(ほ)り下(さ)げを行い、約(やく)5年間かけてもとの群生(ぐんせい)地へと無事(ぶじ)再生(さいせい)しました。 ここで取り上げた二つの自然(しぜん)再生(さいせい)事業は対照的(たいしょうてき)な結末(けつまつ)となりましたが、事業の成否(せいひ)を決める重要(じゅうよう)なポイントは、周辺(しゅうへん)の人間活動に対する干渉(かんしょう)程度(ていど)や地域(ちいき)住民(じゅうみん)の意向なのかもしれません。